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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6824号 判決 1966年12月22日

原告 原寿々江

右訴訟代理人弁護士 中込尚

合併前被告大興証券株式会社訴訟承継人

被告 偕成証券株式会社

右訴訟代理人弁護士 波多野義熊

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金一七〇万円およびこれに対する昭和三七年六月一五日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、訴外大興証券株式会社(以下大興証券という。)は、有価証券の取引業務を営んでいたが、昭和四〇年八月一五日被告に吸収合併された。

二、原告は、昭和三四年一月一二日大興証券の代理人である同会社営業部員訴外折目誠一郎を通じ、同会社に株式の売買取引を委託し、翌三五年二月二九日その取引に関して生ずることのある原告の債務を担保するための保証金として、右同様の方法により金一七〇万円(ただし、同日付原告振出の額面一〇〇万円および七〇万円の小切手による。)を大興証券に預託した。

三、ところが、その後折目が逮捕されたりなどしたことから、右取引がおこなわれなかったので、原告は、大興証券に対し、昭和三七年六月一四日到達の書面で取引委託を解約し、前記保証金の返還を求めたが、同会社はこれに応じない。

四、よって、大興証券を合併した被告に対し、右金一七〇万円と、これに対する昭和三七年六月一五日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べ、

証拠として、<省略>。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

請求原因のうち、第一項の事実および訴外折目が大興証券の営業部員であったこと、同人が逮捕されたこと、原告主張の日にその主張のような返還請求を大興証券がうけたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。原告は、折目が自己のためにひそかに顧客名義を利用して株式の信用取引をおこなっていることを知りながら、これに協力していたものであり、大興証券とはまったく無関係である。

と述べ、

証拠として<以下省略>。

理由

請求原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

<省略>によると、折目誠一郎は昭和三二年春から同三五年夏頃まで大興証券に有価証券外務員として勤めていたこと、原告は、その主張するとおり、昭和三五年二月二九日頃額面一〇〇万円および七〇万円の小切手各一通(小切手番号CA〇〇三一八およびCA〇〇三一九)を振出し折目に交付したところ、右小切手が同年三月一日折目から大興証券に吉田三二ほか一名の顧客名義の株式代金として入金され、翌日交換決済されたことを認めることができる。

ところで、原告は、右小切手は、大興証券の代理人としての折目に株式売買取引委託の保証金として交付したものであると主張する。

この原告の主張の主たる証拠は、証人中島の証言により大興証券が発行したものと認められる金銭預り帳(甲第一号証)に、保証金として一七〇万円を受領した旨の記載があることである。

しかし、右預り帳の記載が正規の手続により記入されたものでなく、折目が勝手に記入して原告に渡したものであることは、証人中島、同折目(一回)の各証言から明らかであるうえ、その日付が「昭和三五年一月八日」となっており、これを、原告は、預り帳の有効期間の関係から折目がわざと日を遡らせて記載したものであると説明するが、それを裏づける資料はなにもなく、また、当時右預り帳を見たけれども日付のちがいに気づかなかったという証人横浜および原告本人の供述にもたやすく首肯しがたいものがある。ひっきょう、右の記載をもって前記小切手の趣旨に関する証拠とすることはできないといわなければならない。

のみならず、<省略>を綜合すると、折目は、大興証券に就職後間もなくから同証券の近くにある原告経営の喫茶店「ボンド」に客として出入りするうち、原告夫妻と懇意になったが、その間、会社に対し顧客から注文があったように装い勝手に顧客名義を使用して自己のため株式の売買取引をするいわゆる手張り行為に手を出し、その資金や欠損の補填に追われるようになったので、昭和三三年末頃から、原告に頼んで原告あるいはその娘振出名義の小切手により頻繁に資金の融通をうけ、適宜原告らの預金口座に入金して右小切手を決済し、なお利益を得たときは謝礼を支払うというようにして、これを昭和三五年夏頃まで続けていたこと、一方、原告は過去に株式取引をした経験は一度もなく、折目と知り合ってから昭和三四年一月同人に勧められて大興証券に株式買付を委託したことが一度ある(このときに前記預り帳が発行された。)が、それ以外には外務員と顧客という証券取引上の関係を離れた折目に対する個人的な信用と好意から、求められるままに小切手を利用させ、謝礼を得ていたものであり、しかもこの融通にあたっては、折目が手張り行為をし、その資金に利用していることを知っていたこと(2)本件小切手は、前記のとおり他の顧客名義の株式代金として入金されているが、折目の行動からすると、これも同人の手張りの一環であると推測されること(3)前掲乙第四号証の二、三、証人横浜の証言および原告本人尋問の結果(一、二回)によると、原告やその内縁の夫である横浜鉄城は、昭和三五年夏頃折目が手張りに関連して刑事々件になった際、折目との金銭関係などにつき捜査当局、税務署、さらには大興証券から事情をきかれたが、そのいずれに対しても、折目に小切手を利用させたことを述べたのみで、本件保証金を預託したというようなことは全然述べなかったこと、かような事実か認められ、これを覆えすにたりる証拠はない。(右(3)の点について、証人横浜および原告本人は、大興証券側や折目の親族から同人の刑責が軽くなるよう頼まれ、あるいは原告ら自身の税務上の考慮があったため、あえて本件のことを述べなかったのであると供述するが、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第七号証によれば右刑事々件は大興証券が告訴したものであることなどに徴し、にわかに信じがたい)。

以上の事実関係からすれば、本件小切手を原告主張のような保証金であるといいうるためには、これが、その他の小切手による個人的な資金融通関係から相当明確に区別されうるものでなければならないことは当然であろう。

しかるに、この点に関する証人折目(一、二回)、同横浜の各証言および原告本人尋問の結果(一、二回)は、いずれもたんに原告の主張に符合する結論を述べるのみで具体性にとぼしく、かえって同人ら自身においてすら他の小切手による融通との区別が明らかでなく、清算関係も混然としている状態であり、とうてい十分であるということはできない。もっとも、右各供述および前掲乙第一三号証を合わせると、原告が折目に交付した小切手の中には、折目から優良銘柄を推せんされ、儲かるといわれたので渡したものがあり、本件小切手もそのひとつであること、ならびに本件小切手の支払資金は折目が入金したものでなく、原告が前記「ボンド」を売却した代金により決済されたことを窺いえないではないが、そうであるとしても、さきに認定した両者の関係などから、考えると、原告が大興証券外務員としての折目を通じてみずから当該株式を取得するのではなく、折目に対する個人的な信用から、右小切手を利用して同人の計算と責任において手張りにより当該株式を取引させ、その利益の配分にあづかることを期待するとともに、適宜その資金関係を清算する趣旨であったとみうる余地が多分にあり、いまだ原告の主張を認めるにたりない。

そして、以上のほかに原告が大興証券の代理人としての折目に保証金を預託したことを確認しうる十分な証拠はない。

してみると、右の主張を前提とする原告の本訴請求は失当というべきであるから、これを棄却することとし、<以下省略>。

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